あがり症、翻訳者になる!③派遣社員~フリーランス

在宅の仕事

 

こんにちは、あがりまる(@agarimaru)です。

本業はフリーランスの映像翻訳者です。

極度のあがり症の私は、あがり症でも生きていけるよう、20代の頃から「将来は絶対にフリーランスの翻訳者になるんだ!」と思って過ごしてきました。

 

学生時代から地獄の就活を経て、翻訳会社に就職するまでの話がこちら。

 

 

翻訳会社に入社して、その6年後に上京・転職し、派遣社員として働きながら映像翻訳学校に通い始めるまでの話がこちら。

 

 

今回は、3校目の映像翻訳学校でトライアル合格を目指していた頃と、フリーランスの映像翻訳者として独立してから今に至るまでの話です。どうぞお付き合い下さい。

 

 

あがり症の私が翻訳者になるまで③

 

31歳、通勤電車でパニック発作を発症

 

上京して半年。長期派遣で翻訳の仕事をしながら、3校目となる大手映像翻訳学校に通い始めた私。

このとき勤めていた会社は、基本的には一人で黙々と記事の翻訳と編集をするのが中心だったのですが、週1回の編集会議(メンバーは10名ほど)で一人ずつ担当記事のブリーフィングをしたり、記事の内容によっては本社に電話をしなければならなかったりと、月に数回は緊張する場面がありました。

また会食が時々あり、「会食恐怖症」でもあった私はその度に胃が痛くなっていました(気楽な飲み会は平気だけど、改まった食事は手が震えるから苦手)。

手と声の震えに悩むことが増え、「本態性振戦」の治療のため、一時期は早朝から開いている鍼灸院に通ってから通勤していたほど(→結局効果なし)。

そしてこの頃、ある時から通勤電車が苦手になってしまいました。

いわゆる「パニック障害」です。

私の場合はなぜか「帰宅」のときだけ、急行電車に乗ると動悸がし、各駅停車の電車にしか乗れなくなりました。

 

トライアルに合格し、念願のフリーランスに

 

パニック発作は自分でもよく分からないうちに発症し、よく分からないうちに落ち着きました(今でも乗り物などに対して不安はありますが)。

同じような悩みを抱えていた同僚と幸い通勤電車が同じで、なるべく一緒に帰るようにして、話を聞いてもらっていたのが良かったのかもしれません。

自分と同じタイプの人って、悩みを打ち明けやすくて本当にありがたい存在です。

 

この頃にはさすがに「あがり症」では済まされず、「社交不安障害(SAD)」も自覚していた私は、次のトライアルに合格したら会社を辞めようと決めていました(※トライアルに合格してもすぐに仕事が安定するわけではないないので、即会社を辞める人は少ない)。

そして映像翻訳学校の1年コースが修了し、トライアルに無事合格。1年5ヶ月務めた長期派遣の会社をあっさり退職しました。

トータル約8年の会社勤め時代をふり返ると、上司や同僚に恵まれ会社勤めならではの楽しい思い出もたくさんありましたが、ついに念願のフリーランスの映像翻訳者となりました。

2009年4月に上京し、2011年3月には開業届を提出。丸3年の修行期間でした。

 

31~33歳。積極的に仕事をこなす

 

「開業届」を出してフリーランス(個人事業主)になっても、当然すぐに仕事が向こうからやってくるわけではありません。

当時の私は独身で子どももいなかったため、とにかく時間だけは山ほどありました。そこで私がやったことは…

 「映像翻訳者」としての名刺を作った。
翻訳関係のイベントに参加して、なるべく名前と顔を覚えてもらった。
来た仕事は断らなかった(どんな仕事でも引き受けた)。
仕事がないときは、他言語(中国語)の勉強もした。
 翻訳者ネットワーク「アメリア」に登録した。

特に、翻訳関係のイベントに参加したことが大きく(当時はまだ今ほど引きこもりではなかったので)、かつての翻訳学校のスタッフの方と再会するなど、仕事のご縁が生まれました。

また翻訳者ネットワーク「アメリア」の会員になってモチベーションを上げ、求人やコンテストに応募して仕事につなげていきました。

 

結婚・出産で3年休業。36歳~再出発

 

その後、結婚と出産で3年ほど完全休業。

子どもを産む前は、「家で子どもの面倒を見ながら仕事をするのが理想」と思っていましたが、実際はそんなに甘くはなく、第2子と第3子が保育園に入園したのを機に少しずつ仕事を再開しました。

現在、平日は子どもたちを学校や園に送り出し、朝の家事を終えた9時半頃から、小学生の長女が帰宅する15時頃までが私の仕事時間。忙しいときは、平日の夜や休日のすき間時間にも仕事をします。

翻訳の仕事には、納期(締め切り)というプレッシャー、人が見る作品に関わるという緊張感はありますが、「あがり症」の緊張とは全く別物。会社勤めをしていた頃は「(緊張するから)仕事に行くのが嫌だな」と思ったものですが、在宅ワーカーになってから、朝起きて仕事が苦痛だと思ったことがありません。

フリーランスになって本当に良かったと思う毎日です。

 

おまけ:あがり症だからこその強み

 

「翻訳者=あがり症」というわけでは決してありませんが、「翻訳者に向いている人」には、「緊張しやすい人」の特徴が当てはまったりします。

例えば、

◆焦り始めるタイミングが早いので、納品は早い!

学生時代から、試験で「残り時間10分!」になると思考が停止してしまっていた私。仕事でも、納期ギリギリになると焦ってパニックになることが分かっているので、実際の納期の2日前くらいに「自分なりの期日」を設定し、逆算して1日のノルマをこなすようにしています。なのでクライアントの指定の納期の前には100%完成しています。

◆細かいことが気になるので、調べ物は徹底的にやる!

翻訳者の仕事は、ただ文章を訳すだけでなく、内容が事実であることの裏取りや、固有名詞の表記確認など、調べ物の作業も含まれます。そういった「申し送り」を訳文と一緒に提出するのですが、翻訳の質だけでなく申し送りの内容も、翻訳者の評価対象になります。

神経質な人や完璧主義な人ほど、「この表記は正しい?」「この史実は合ってる?」などと細かいことが気になって調べ物を徹底的にすると思うので、もし私がクライアントの立場だったら「雑な翻訳者」よりは「細かい翻訳者」の方がありがたい存在です。

 

さいごに

 

あがり症だと、どうしてもできないことに目が向きがちです。

人前で話すのが苦手だから、先生や通訳は無理!

手が震えるから、ウェイトレスや看護師は無理!

本番に弱いから、スポーツ選手やアーティストは無理。

華やかな仕事どころか一見地味な仕事ですら、書痙持ちの私にはできない仕事がたくさんあります。

でも、あがり症や社交不安障害があっても就ける仕事は必ずあるし、むしろそれを強みにできる仕事を探せばいい(なければ作ればいい)と私は思います。

 

私の経歴が、少しでも参考になれば幸いです。

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